2021年03月05日

新刊!電子書籍■星を夢見る少女/エマージェンシーアタッカー・シリーズ〔SF小説・ライトノヴェル〕結城あや

星を夢見る少女/エマージェンシーアタッカー・シリーズ

・内容紹介
※本文より
 マヤは夜寝る前に家の前庭に出て星を眺めるのが日課になっていた。木造の家は平屋で周囲も草原が広がっていたので星を眺めるのに視界を遮るものはなかった。そして満天の星を見上げながら、いつか星の世界に行ってみたいという夢を膨らませていた。
 マヤの夢のきっかけになったのは昨年テレビで見た女性宇宙飛行士のドラマだったが、そんなマヤの憧れを母や姉は笑った。もちろんまだ10歳のマヤ自身も漠然とした憧れを抱くだけで、その夢を実現するために何かしているというわけではない。ただ星を見ることで将来の自分の可能性のひとつを見ていたのかもしれない。
 マヤの家は牧場で、牛や羊を何十頭も飼育していた。マヤも三つ年上の姉も、いずれはその牧場の仕事をするのだろうとぼんやりと考えていた。
 その夜も姉にからかわれながら庭に出たマヤは、しばらく星を眺めているうちに視界を一筋の光が横切るのを見た。ハッとその光を追うと、光は東の山脈の影に消えて行った。
 その光は時折見られる流れ星とは違っているように感じられた。
 そのまま東の山脈の方を見ていたマヤの耳にゴウという低い唸りのような音が聞こえてきた。そして音はしだいに大きくなっていった。しかし空のどこかから聞こえてくるというだけで、音を出しているものは見えない。と次の瞬間、嵐のような強い風とともに、ゴーッという音がマヤの頭の上を通りすぎていった。東から西へ、それは通りすぎズウウンという響きが離れた丘の方から響いてきた。
「マヤ、いまのはなに?」
 家の戸が開いて母が顔を出す。
「わからない」
 振り返って首を横に振るマヤの答えを聞くと母は二、三歩外に出て周りを見回し、いつもと変わらないのを確認すると「早く寝なさい」とマヤにひとこと言って家の中に戻っていった。家の中では家族が母に外の様子を聞いていたが、母がなんでもないと答えるとそれっきりそのことは話題にならなくなったようだった。
 しばらくたっても西の丘の方向に変化はなかった。
 あの音はそのままどこかへ行ってしまったのかもしれない。そうマヤが思い始めたとき、チカっと何かが光ったような気がした。しかしそれは目の錯覚のようにも思えた。マヤの胸の奥で好奇心が大きく膨らんでいたが、満天の星とはいえ周囲は夜の闇が包んでいて、マヤひとりで丘まで行ってみる勇気は出なかった。
 マヤは家の中に戻ると両親がくつろいでいるリビングには入らず、姉と自分の部屋に走り込んだ。
「姉さま、あのね」
「なあに、マヤ」
 姉はすでにベッドに入り、小さなスタンドの明かりの下で本を読んでいたので、マヤには興味なさげな声で答えた。
「いまなにか…なんだかわからないものがね、丘の方に飛んで行ったの」
「なんだかわからないものって?」
 興奮気味に話すマヤの言葉に少しは興味を引かれたのか、姉は本から視線を妹に移して言った。
「なんだかわからないの。ゴーッて音がしたんだけど、見えなかったの」
「そういえばさっきヘンな音がしたわね」
「そう、それよ」
「丘に? それが?」
「うん、きっと丘の上に降りたんだわ」
 姉はじっと妹の顔を見つめた。スタンドの光に照らされ半面は陰になっているマヤの顔は生き生きと輝いて見えた。
「わかった。明日の朝行ってみよう」
 姉が期待通りの返事をしたことで、マヤは安心してベッドに入った。早く朝が来ることを願いながら。
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#電子書籍 #小説 #SF小説 #ライトノベル #結城あや #novel

  

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2021年03月04日

新刊!電子書籍■漆黒の異邦人・閉ざされた街〔異世界ファンタジー小説・ライトノヴェル〕結城あや

漆黒の異邦人・閉ざされた街

・内容紹介
「漆黒の異邦人」は3部構成で構想しており、第1部はこの世界で主人公あやが目覚め、ムンドゥス王国の騎士となり、さらに自身の身に封印された魔族の魂の力によって超人的な力を発揮していきます。そして魔族の侵攻によってムンドゥス王国が崩壊するまでが描かれます。
 第2部は単独の魔族ハンター=賞金稼ぎとなったあやの物語で、短編連作的な構成となっています。ムンドゥス王国の崩壊にあやが関わったとして、騎士時代に姉のように慕っていた騎士団長フォルティから賞金首として指名手配もされています。
 本作はその第2部のエピソードのひとつになります。
 第3部についてはさらに壮大な展開を構想していますのでお楽しみに。
※本文より
 ゆるやかに蛇行した平坦な道が長く続いた後、近くの街に通じる道と王宮のある離れた都に向かう道とに別れる三叉路に出た。この五日、馬車で旅をする、向かう方向が同じだった家族と同行してきたアヤはこの三叉路で別れて街に向かうことにしていた。家族は都で新しい生活を始めるのだと言う。
「それじゃあ、お元気で」
 白い愛馬ペガサスに跨がったアヤが家族に別れの挨拶をすると、彼らも手を振りながら都へ向かって行った。まだ幼い娘がいつまでもアヤに向かって手を振っていたのがしばらく印象に残った。
 三叉路から街まではやはり平坦な道で数時間の距離だったが、家族が向かうのは森もあり、山越えもある道で、まだ数週間かかるだろう。笑顔で手を振る娘の顔を思い浮かべながら「無事に着いてくれればいい」と願っているうちに、道の向こうに街の城壁が見えてきていた。
「賞金稼ぎか。街の中で騒ぎを起こさんようにな」
 入り口の役人はそれだけ言うとあっさりと通してくれた。アヤは軽く会釈して門を抜けようとしたが、その背中に役人の呼び止める声がした。
「一応聞いておくが、ボナアーゲルには立ち寄ってはいないだろうな」
「ええ。その街なら二年ほど前に行ったきりですが」
「二年か。まあ問題ないだろう。行っていい」
 ボナアーゲルで何かあったのだろうか。そんな疑問もすぐに忘れて、アヤは賞金稼ぎが集まる寄り合い所に向かった。
 スプラー王国に属するその街は、都からは離れているが王国内では三番目とも四番目とも言われる大きな街で、人も多く、栄えていた。領主が王族と親類関係にあることから王国に属しているようなもので、それがなければ独立した小国となっていたかもしれない。もっとも今の繁栄は王国との親類関係を築いてからのことのようらしい。
 街の中は中心に領主の城があり、そこから放射状に伸びるメインロードが六本。それを結ぶように同心円を描くように大きな道が作られ、さらに細い道が区画を分けるように作られていた。地図で見るぶんには整然とした作りの街だが、実際に入ってみるとなかなか複雑な印象を受ける。特にメインロードを外れると、土地勘のないものには方向感覚すら狂ってしまうような街だった。建物の作りがどれを見ても似ていることがより一層分かりにくくしていた。
 アヤは時折人に道を尋ねながらようやく賞金稼ぎたちが集まる寄り合い所に着いた。
 煉瓦造りの三階建てで大きな扉は一枚板の重々しいものだった。軽い気持ちで扉を引こうとしたが、力を込めずには開くことが出来なかった。もしかしたら出入りする賞金稼ぎの実力を試す意味があるのかもしれない。そんな気にもなるような扉だった。
「ようこそ。こんにちは」中に足を踏み入れると受付カウンターの向こうから女性の声が迎えてくれた。「あ、『漆黒の異邦人』、『ムンドゥスのアヤ』さん、ですね。はじめまして、よくいらっしゃいました」
「こんにちは。わたしがアヤだと、よくわかりましたね」
「わかりますよお。銀の髪、黒い甲冑、灰色の瞳、黒い肌…アヤさんは賞金稼ぎの中でも有名ですから」
 親しげに微笑みながら受け付けの女性が言ったアヤの特徴は広く知られたものだった。それに加えてこの世界の人々を脅かしている魔族退治を専門に請け負うことでも知られていて英雄視する人々もいる。その反面、かつて所属していたムンドゥス王国からは国を崩壊に導いたお尋ね者として賞金がかけられているのも事実で、アヤの首を獲ろうとする賞金稼ぎにときどき襲われることもあった。受付嬢のほかにも中にいた職員や賞金稼ぎと思われる何人かがアヤに視線を向けていたが、それらは噂の人物を目の当たりにしたという珍しさや親しみが込められていた。
「本日はこちらにお泊まりですか?」
 寄り合い所は賞金稼ぎたちの宿屋も兼ねている。
「部屋が空いているようならそうするつもりだけど」
「空いております。ゆっくりお休みください」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
「お部屋は三階です。ご案内いたしますね」
 受付嬢が案内のためにカウンターを出てきたところで扉の外の声がアヤの耳に入った。
「ああ、ペガサスだ。ペガサス、元気だったぁ? アヤさんは中?」
 ペガサスが一声いななく。聞き覚えのある声にアヤの表情が歪むと同時に扉が開いて長身の少女が姿を現した。焦げ茶の丈の長いコートに鍔の広い帽子、白い肌に腰に届く黒い髪、いかにもな自分の身長よりも長いワンド。どこで見たのか誰に聞いたのかわからないが人々が魔術師としてイメージする格好だ。当人も魔術師として修行中の身だが、実際の魔術師たちは案外そんな外見の者は少ない。
「アヤさ~ん」
「マイウス…元気そうね」
「はいっ元気です。またお供させていただきますのでよろしくお願いします」
 アヤは苦笑いで受ける。
「わたしがここに来るってどうしてわかったのよ」
「それはもちろん師匠の占いですよ」
「アムの、ね」
 アムレートゥムというマイウスの師匠は、外見は二十代の女性だが、百五十歳を超えているという話で両性具有の魔術師だ。かつて天使の肉を食したことで不老長寿を得たらしい。アヤとも浅からぬ縁のある人物だ。実力もあり現存する魔術師の中では筆頭と言ってもいいのだがイタズラ好きな性格でもあり、マイウスのこの格好もおそらくアムレートゥムが「魔術師というのは…」と疑うことを知らない弟子に冗談まじりで教えたのに違いなかった。
「お知り合いでしたか」受付嬢が笑顔で言う。「マイウスさんは一昨日いらっしゃってたんですよ。どなたかと待ち合わせとはうかがっていましたけど、アヤさんだったんですね」
「待ち合わせって。約束してた覚えはないんだけどね」
「そんなこと言わないでくださいよ。師匠から修行のためにアヤさんに同行するように言われているんですから」
「はいはい、それはもう何度も聞いてるわよ」
 マイウスはアヤの魔族退治に同行し、一件片がつくと一度師匠の元に戻って修行の成果を報告している。そして今のようにひょっこりと姿を見せるのだった。
「ここで立ち話もなんですから、お部屋の方にご案内いたしますね」
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#電子書籍 #小説 #異世界ファンタジー小説 #ライトノベル #漆黒の異邦人 #結城あや #novel #fantasynovel

  

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2021年03月03日

新刊!電子書籍■漆黒の異邦人・枯れ野をわたる風〔異世界ファンタジー小説・ライトノヴェル〕結城あや

漆黒の異邦人・枯れ野をわたる風

・内容紹介
「漆黒の異邦人」は3部構成で構想しており、第1部はこの世界で主人公あやが目覚め、ムンドゥス王国の騎士となり、さらに自身の身に封印された魔族の魂の力によって超人的な力を発揮していきます。そして魔族の侵攻によってムンドゥス王国が崩壊するまでが描かれます。
 第2部は単独の魔族ハンター=賞金稼ぎとなったあやの物語で、短編連作的な構成となっています。ムンドゥス王国の崩壊にあやが関わったとして、騎士時代に姉のように慕っていた騎士団長フォルティから賞金首として指名手配もされています。
 本作はその第2部のエピソードのひとつになります。
 第3部についてはさらに壮大な展開を構想していますのでお楽しみに。
※本文より
「『漆黒の異邦人』だったな。噂では山ほどもある魔族の怪物を倒したと聞くが…」
 騎士団では自分の隊を率いていたこともあるという騎士崩れの剣士がそんな噂は信じられないという含みを持たせて言ってから高い天井を仰ぎ、ゆっくりと部屋の中を見回した。色とりどりの刺繍が施された壁掛け、美しい夕景を描いた絵画に飾られた貴族の館と比べても遜色がない客間だ。といっても館の主は貴族ではなく、この町、いや周辺の町でも名の知られた商人だ。その商人の部屋にいま、この騎士のほか四人の賞金稼ぎと館の主、その使用人がいた。
「噂話ならたったひとりで無数の魔族を相手にして皆殺しにしたっていうのも聞いたことがあるぜ」
 剣士よりも頭ひとつ背が高く身体の幅も厚みも倍はあろうかという巨漢のあらくれ者が付け加えるように言う。年齢も騎士よりずいぶん上に見えて、おそらく三十代半ばだろう。大振りの戦斧がお気に入りらしく、左の腕をからめて肩に立てかけている。
「魔族専門の賞金稼ぎだったよな。確か」
 剣士よりも背の低い、細身の男が誰とはなしに問いかけるように言う。軽装で両の肩から小振りのナイフがびっしりと仕込まれた革のベルトを掛けている。年は騎士と同じくらいか。
「そして自身もムンドゥス王国のフォルティ騎士団長に賞金を懸けられているお尋ね者」
 細身の男と同じくらいの背丈で頭からフードをかぶった魔術師がつぶやくように言う。声から察すると女性のようだ。全身がフードに隠されていて年齢も判断できない。
「噂であればわたしもいくつか耳にしています。いや、あなたが加わってくれるのなら安心だ。よろしくお願いいたしますよ」
 上等な服を着た年配の恰幅のいい商人が両手を拡げて歓迎の意を表しながら言った。がその表情は憔悴して目は落ち窪んで隈がありありと見て取れる。それもこれも自分の一人娘が誘拐され、領主の私設騎士団による救出作戦が失敗したのだから仕方ないことだろう。身代金の受け渡しに腕の立つ賞金稼ぎを雇い、娘の救出を託そうというのだ。近くに立つ使用人の表情も暗い。
「噂は噂。噂だけで判断されても困りますがわたしのできることであれば全力を尽くしましょう」
 肩にかかる銀色の髪、灰色の瞳、艶のない黒い甲冑と黒い肌、『漆黒の異邦人』の異名で知られた女賞金稼ぎのアヤが落ち着いた口調で雇い主に言った。年はまだ二十歳にはなっていないがひとりで各地を流れながらの魔族退治の生活のせいか年齢よりもいくつか年上に見える。腰の両側には細身の剣があり左側のものは鞘に美しい装飾が施されている。
「出発は明朝。みなさん今夜はゆっくり休んで明日に備えてください。晩餐も豪華なものをご用意いたします」
 商人の言葉に歓喜の言葉で賞金稼ぎたちが応える。晩餐までの時間は与えられた部屋で過ごすことになり、アヤは魔術師と同じ部屋に入った。やはり女魔術師だったようだ。
 アヤは甲冑を脱いで身軽な格好となり、腰の左右に吊るしていた細身の剣をテーブルの上に置いてから窓に歩み寄ると静かに開けて外の空気を部屋に入れた。窓の外は手入れの行き届いた庭があり、向かいの厨房らしい建物では使用人が忙しく出入りしている。
「『漆黒の異邦人』、いえ『ムンドゥスのアヤ』と呼んだ方がいいのかしら」
 魔術師の女が話しかける。
「アヤ、でいいわ。あなたは?」
 窓に背を向け魔術師の方を見ながらアヤが応えると、フードをかぶったままの魔術師はコクリと頷いてから答えた。
「ノウェム」
「よろしくね、ノウェム」
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#電子書籍 #小説 #異世界ファンタジー小説 #ライトノベル #漆黒の異邦人 #結城あや #novel #fantasynovel

  

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2021年03月02日

新刊!電子書籍■漆黒の異邦人・湿地に棲むもの〔異世界ファンタジー小説・ライトノヴェル〕結城あや

漆黒の異邦人・湿地に棲むもの

・内容紹介
「漆黒の異邦人」は3部構成で構想しており、第1部はこの世界で主人公あやが目覚め、ムンドゥス王国の騎士となり、さらに自身の身に封印された魔族の魂の力によって超人的な力を発揮していきます。そして魔族の侵攻によってムンドゥス王国が崩壊するまでが描かれます。
 第2部は単独の魔族ハンター=賞金稼ぎとなったあやの物語で、短編連作的な構成となっています。ムンドゥス王国の崩壊にあやが関わったとして、騎士時代に姉のように慕っていた騎士団長フォルティから賞金首として指名手配もされています。
 本作はその第2部のエピソードのひとつになります。
 第3部についてはさらに壮大な展開を構想していますのでお楽しみに。
・本文より
 スプラー王国に近い、以前はムンドゥス王国に属していた辺境の町ルスース。干し煉瓦や木造の建物が並ぶこの小さな町にも魔族や魔物を狩る賞金稼ぎのための寄り合い所があった。
 以前は宿屋だったその建物は土台を煉瓦で二階建ての建物は木造で、一階のロビーには各地で賞金がかけられている魔族・魔物のほか賞金首のお尋ね者のポスターも壁には貼られている。もっとも遠い国の案件などは何日もかけて行ってみたらもう片づいていたということも少なくなく、賞金稼ぎたちは近場の依頼を取り合うのが常だ。
 その寄り合い所の戸口に艶のない黒い甲冑を身につけた小柄な騎士が立った。
 兜をつけていない頭には肩にかかる銀色の髪、腰の両方に細身の剣を下げ、ロビーの中をぐるりと見渡した灰色の目をした顔は甲冑同様に黒い肌の女性騎士だ。年は18になるはずだがこの一年余りたったひとりで魔物退治の生活を続けていたためか少し年上にも見える。とはいえ荒んだようすはなかった。
「おい『漆黒の異邦人』だぜ」
 中で暇を持て余しぎみにたむろしていた数人の魔物ハンターのひとりが仲間に囁きかける。言われて入り口に目を向けた男も目を見張る。「本当だ。『ムンドゥスのアヤ』だ」
「あれが…。初めて見たが、本物なのか?」
「ああ。おれは前にムンドゥスの騎士団にいたから知ってる。あれがアヤだ」
 ロビーにいたほかの者たちもアヤに視線を向けてひそひそと噂話を始め、それまで普段と変わらない和やかな雰囲気だった寄り合い所が緊張した空気に包まれた。というのもアヤは魔族ハンターとして名が知られていることに加え賞金首としても高額で手配されていて本人を見たことがない賞金稼ぎの間でも知らない者がいないからだ。
 そんなことにはお構いなしにアヤはつかつかとカウンターに歩み寄ると寄り合い所の女事務員に退治した魔物の証拠を示し報奨金を受け取る。
「もうこの近くには魔物退治の依頼はないのかしら」
「ええ、そうですね。少し遠くなりますがクアドリムから昨日届いた依頼が…」
「クアドリムか。ここからだと三日くらいかしら」
「馬でならそのくらいですね。そこに依頼書が張り出してありますからご覧になってください」
 示された壁に目をやると数枚の依頼書と賞金首のポスターが貼られている。その近くのテーブルを囲む椅子に座っていた男たちのひとりが依頼書の方を顎で示しながら「こいつだ」と不機嫌そうに言った。
「あんた、この依頼を受けるのかい」
 ゆっくりと立ち上がりながら依頼書に近づいてくるアヤに声をかける。見た目にも痛んだ鎖帷子に革の肩当てを右にだけ着けた中年の男で無精髭とボサボサの髪の毛には酒の匂いが染みついていた。
「そのつもりよ」
「あんたが…」と言いかけて少し咳き込みもう一度言いなおす。「あんたが『漆黒の異邦人』だってことは知ってる。魔族退治にかけちゃちょっとした有名人だ。騎士団が総当たりででも倒せないような魔物をぶっ倒したって話も聞いたことがある。なあに、噂話にゃ尾ひれもつくもんさ。そこまでのことはないんだろうよ。こうしてじっくりとあんたを見ればひとりで魔物を倒すことができるのかちょっと疑いたくもなる」
 アヤはちょっと口を歪めて肩をすぼめ話の続きを促す。
「この依頼は止めときな。どうしても受けるって言うのなら4、5人、腕利きの仲間を集めることだ」
「その方がいいのならそうするわ」
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#電子書籍 #小説 #異世界ファンタジー小説 #ライトノベル #漆黒の異邦人 #結城あや #novel #fantasynovel


  

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2021年03月01日

新刊!電子書籍■漆黒の異邦人・火蜥蜴(サラマンドラ)の谷

 電子書籍の新刊を刊行いたしました。

漆黒の異邦人・火蜥蜴(サラマンドラ)の谷〔異世界ファンタジー小説・ライトノヴェル〕結城あや

 ・内容紹介
「漆黒の異邦人」は3部構成で構想しており、第1部はこの世界で主人公あやが目覚め、ムンドゥス王国の騎士となり、さらに自身の身に封印された魔族の魂の力によって超人的な力を発揮していきます。そして魔族の侵攻によってムンドゥス王国が崩壊するまでが描かれます。
 第2部は単独の魔族ハンター=賞金稼ぎとなったあやの物語で、短編連作的な構成となっています。ムンドゥス王国の崩壊にあやが関わったとして、騎士時代に姉のように慕っていた騎士団長フォルティから賞金首として指名手配もされています。
 本作はその第2部のエピソードのひとつになります。
 第3部についてはさらに壮大な展開を構想していますのでお楽しみに。

※本文より
「『火蜥蜴の谷』に行くのかい」
 草原を貫く一本道で行き会った荷馬車に乗った農民の老人が言った。日に焼けた肌に深く刻まれた皺の一本一本がこれまで生きてきた日々をまるで年輪のように感じさせる。
 西の空は夕焼けで燃えるように紅く、馬車の影も長い。その横を同じペースで進んでいるのは白馬に乗った女性騎士だ。黒色の甲冑に身を包んでいるが兜を着けていないのでその顔ははっきりと見ることができた。甲冑同様に黒い肌、灰色の瞳、銀色の髪。それだけでこの女性騎士が「ムンドゥスのアヤ」と呼ばれた騎士団の中でも特出した騎士だったことを知る者も多い。
「あそこは火山が近くてな。谷は地熱も高いし有毒なガスも出ているから滅多に人は近づかんよ。ただ周りに温泉のわき出ている場所がいくつかあって、そっちは宿屋もあるしいろいろな地方から人が集まってくる。まあ中には火蜥蜴を捕まえてひと儲けしようなんてことを考える連中もいるようだがね」
「火蜥蜴は本当にいるんですか?」
「さあどうだか…。昔はいたのかもしれないし、いまもいるのかもしれない。火蜥蜴の皮だとか爪だとかも売ってるって話しだしな。誰かが捕ってくるんだろうよ」
「噂では最近そのあたりに魔族が出たとか」
「ああ、ああ、わしも聞いたよ。ザンヴォラーのことだろう? ありゃあ、火蜥蜴だよ。たぶん魔族が火蜥蜴の身体に憑依したんだろうなあ」
「ザンヴォラー…」
「おそろしいやつさ。小山のようにでかいんだ。普通の火蜥蜴は大きくても3メルカ程度なんだかね。しかもザンヴォラーは睨むだけで火をおこす。もしザンヴォラーに出くわしたら目を合わせちゃいかんぞ。そのときは自分の身体が燃え上がるときだ」
「おじいさん、ずいぶん詳しいのね」
「あっはは。ザンヴォラーは大昔にも出たことがあるんだよ。わしも、わしのじいさんにこの話を聞いたのさ」
「その、昔に出たザンヴォラーはどうやって退治したの?」
「退治することはできなかったんじゃないのかな。どうやって始末したのかは聞いてないからなあ。ただ、それより昔、何百年も前の話らしいが、そのときは銀色の巨人の勇者が退治したって話だ」
「巨人の勇者…それはもう神話の世界ね」
「そうさ、それくらい昔からいるんだよ、ザンヴォラーは。やつが出たってことは火蜥蜴も生き残ってたんだな」
「なるほど」
「あんた、まさかザンヴォラー退治に行こうとしてたのかい?」
「実はそうなの。魔族狩りを仕事にしてるので」
「魔族狩り?」そう言って老人は改めてアヤのほうに顔を向け目を見張った。「あんた、もしや『漆黒の異邦人』かい? 『ムンドゥスのアヤ』」
「そんな風に呼ばれてるみたいね」とアヤは微笑んだ。
「これは驚いた。あんたみたいなお嬢さんだったとはな。女だっていう話だったが魔族を倒すさまを聞くと本当は男なんじゃないかって疑ってたよ」
「そんなにすごい話になってるの?」
「そりゃあもう、魔族の腕を引きちぎったとか頭からまっぷたつに切り倒したとか。まあ噂なんてものは尾ひれがつくものだからなあ。実際はそんなこともなかったんだろうさ」
 アヤはクスクスと笑って老人の話を聞いていたが、これまで彼女が魔族を倒したときに話にあったようなことは実際に起きていた。華奢に見える少女だが、アヤの身体の中にも魔族の魂が取り込まれていてその力を使うとき相手の腕を引きちぎるくらいのことは簡単なことだった。またアヤの黒い肌、灰色の瞳、銀色の髪も魔族の力が発現した結果なのだ。
「噂通りに強かったとしてもザンヴォラーには気をつけなさいよ。やつは見ただけで相手を燃やしちまうんだから」
「ええ、気をつけるわ」
 草原の向こうに林が見えてくる。その手前に数軒の農家が建っているのも見えた。その方向に道が分かれて伸びている。老人の帰る場所だ。
「それじゃあ、ここでお別れだ。気をつけて行きなさい」
「ありがとう。さようなら」
・・・・・・・・・・

 お読みいただければ幸いです。
 よろしくお願いいたします。

  

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